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名古屋高等裁判所 昭和35年(ラ)48号 決定

抗告人 白木茂好

訴訟代理人 亀井正男

相手方 有限会社愛知鍛工所 代表取締役 浅野治三郎 外三名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告の趣旨ならびに理由は別紙記載のとおりである。

併し競売法に依る不動産競売手続においてたとえ競落許可決定が確定した後であつても少くとも競落人においてまだ競落代金を完納しない限り、其の後基本たる抵当債権が更改により消滅したときは債務者は右消滅を理由として競売手続開始決定に対し異議の申立をなしその取消を求めることができるものと解する(昭和十年(ク)第七四〇号同年七月十一日大審院決定大審院民事判例集第十四巻一三七二頁以下参照)。そして抗告人主張一のとおり原審が事実を確定したこと及び本件競落許可決定は確定はしたが未だ競落代金の支払がなされていないものであることも原審が事実として確定したことはいずれも本件記録に徴し明白であるから、原審が債務者の右債権消滅を理由とする本件異議の申立を認容し競売手続開始決定を取消し本件競売の申立を却下したのは相当であつて所論は前説示と相反する見解に立脚して原決定を非難するに過ぎないから採用出来なく、又其の援用に係る大審院裁判例は本件に適切なものでないから所論を支持するの資料とならない。

よつて本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、民事訴訟法第四一四条、第三八四条、第九五条、第八九条により主文のとおり決定する。

(裁判長判事 県宏 判事 越川純吉 判事 奥村義雄)

抗告の趣旨および理由

原決定を取消す。

相手方有限会社愛知鍛工所及び浅野治三郎の名古屋地方裁判所昭和二九年(ケ)第一六九号不動産競売手続開始決定に対する異議申立は却下する。

右決定を求む。

一 原決定の確定した事実に拠れば相手方銀行は抗告外合資会社浅野商店に対する債権及び抵当権に基づき昭和二十九年十一月名古屋地方裁判所に対し別紙目録記載の不動産の競売申立をなし同庁は同年十一月十八日不動産競売手続開始決定をなしその後手続は順次進行して昭和三十二年七月二十六日の競売期日に本件不動産は競落され同年七月三十一日これが競落許可決定がなされたが右抗告外会社は該決定に対する抗告の申立をなし更に再抗告の申立をなしたけれども昭和三十三年三日三十一日右抗告は却下され確定するに至つた。然しながら相手方有限会社及び浅野治三郎は相手方銀行と交渉した結果昭和三十三年四月十日に従前の債務者たる右抗告外会社の債務を相手方浅野治三郎個人にて負担するとの債務者の交替に因る更改契約を締結して旧債務を消滅させたもので同年四月三十日これが登記手続を了したと謂うに在り。

二 而して原決定は競落許可決定は確定してもその後競売申立の基本たる債権が消滅したからとして競売手続開始決定を取消し相手方銀行の競売申立を却下したのである。

三 ところで抗告人は当該不動産の競落人であるが次のような大審院の裁判例に着目されたい。すなわち競落許可決定はその確定の後は取消の訴若くは原状回復の訴の要件を理由として抗告をなすにあらざればこれを取消すことを得ざること競売法第三十二条第二項民事訴訟法第六百八十一条により明らかにして競落許可決定を取消すことを得ざる以上は競売手続の進行を阻止するに由なきを以て仮令競落許可決定の確定前に債務弁済の事実ありとするもその確定後においてはこれを理由として競売手続に対し異議を申立つることを得ざるものと謂わざるべからず(大正九年(ク)第九一号同年七月二十六日第二民事部決定)しかし抗告人と雖もこの裁判例は少し行過ぎとおもうのであり競売許可決定の確定前に当該競売申立の基本たる債権又は抵当権が存在しなかつたときは全ての競売手続が終結に至つていない限り競売手続に対する異議の申立は競落許可決定の確定後と雖もできるものとしなければならないと考える。

四 けれども本件は競落許可決定の確定後迄当該競売申立の基本たる債権及び抵当権の現実に存在したことは明らかな場合にして只右確定後に債権者兼抵当権者たる相手方銀行と債務者との間に随意に債務者の交替に因る更改契約をなして本来の旧債務を消滅に帰せしめたがために権利と責任とを帯有してきた競売人が一顧の価値もなく振り払われる結果になるような解釈の仕方は間違つていると信ずる。

五 現に競売申立の取下については競売法第二十三条に申立人は競落期日迄は最高価競買申込人の同意ある場合に限りその申立の取下をなすことを得と規定しこれに関し大審院は次のような裁判例を下しているすなわちこの規定は申立の取下が申立人自己の意思に出づると債務者その他の請求に基くとを問わず又競落を許すべからざる適法の理由ある場合なると否とに拘わらざる法意なれば競売申立の基本たる権利が消滅に帰したる場合においても申立人は最高価競買申込人の同意あるにあらざればその申立の取下をなすことを得ざる筋合なり(大正八年(オ)第九二六号同九年三月一日第二民事部判決)。要するに債権者一己の或いは債権者及び債務者の恣意に因り最高価競買申込人乃至競落人の権益を害すべからざる精神を顕揚しているのである。

六 左れば原決定は法律の誤解に出でられたものであるから取消し且つ相手方有限会社及び浅野治三郎の異議申立は却下さるべきである。

(別紙目録は省略する。)

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